プロフェッショナル・ゼミ

2016-10-17

ファーストの女とセカンドの女《プロフェッショナル・ゼミ》

＊この記事は、「ライティング・ゼミプロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事：市岡弥恵（プロフェッショナル・ゼミ）

私は、友人の沙代子を助手席に乗せて、高速道路を走った。
福岡から小倉までなら、車で1時間ぐらいで着く。
彼女から、話を聞かされたのは今日の昼だった。
今、付き合っている彼氏と別れようと思っている。だから一緒に付いて来てくれないかと言われた。

「えぇ……。面倒くさそう……」
私は、あまり面倒な事に関わりたくない。彼女とは付き合いが長いので、正直にそう言った。しかし、沙代子の深刻な声に、とりあえず車は出してあげる事にして、こうして車で1時間のドライブをしている。

「一緒に居てくれない？」
「いやー、それは相手も微妙でしょう……」
「いや、見て欲しいの。彼氏、浮気してるんだと思うけど、私も分からなくなっちゃって……。だから、見て欲しいの。このまま付き合って大丈夫か、別れた方がいいか」

私は、天神から都市高速に乗り、福岡ICから九州道に入った。クリスマスの近い、土曜の夜７時。しかも、結構な雨が降っている。ワイパーが右から左に流れる。しかし、ちょうど目の高さあたりで一本スーッと扇型に雨の線が出来る。ワイパーのゴムが欠けているのだ。
何回もワイパーが行ったり来たりしているのに、雨の丸い形は拭い去っていくものの、一本だけその線が残った。視界を邪魔するその線にイライラしながら、私は九州道を上った。

***

沙代子は大学時代からの友人だ。
いかにも今どきの大学生の彼女は、男からもよくモテていた。なんというか、いつもの私だったら、あまり関わり合いにならない女だったと思う。超ド級の「女子」な女は苦手だったのだ。トイレに行くにも、食事に行くにも、常に誰かと一緒じゃ無いとダメな女だった。しかし、天性のカリスマ性がある彼女は、いつもクラスの中心人物だったような女だ。いわゆる、「華がある」という女だ。さらに厄介なことに、自分がどうすれば可愛く見えるかを、恐らく分かっている。頭が良い。しかも、性格が悪い訳じゃない。実に、いい娘だった。男に、一番に愛される女だった。男は、彼女が言うことを良く聞いた。

対して、私はというと、とにかく一匹狼。
集団行動が苦手。小学生・中学生の時なんか、どちらかというと大人しいグループに入っていたし、それでも干渉されるのが嫌いな私は、結局どこにも属せない女だった。かと言って頭が良い訳でもない。良くも悪くもない、平均点しか取れない私は、何の取り柄もない女だったと思う。しかも、自分を可愛くみせようとするどころか、着たいものを着る、食べたいものを食べる。女子が大好きなパンケーキとか、全く興味がない。クリームが苦手なのだ。
そして私は、いつもプラスαが付く女だった。そう、すでに男には女が居たとか、付き合った当初は真剣に付き合っていたのに、私の方がフラフラと別の男が気になってしまうとか。どちらかと言うと、人様に言えないような恋愛が多い女だったように思う。

ファーストの女と、セカンドの女。
いつも日向を歩く沙代子と、いつも日陰を歩く私。
対照的な2人だった。

そんな彼女と、未だに友人関係が続いているのを周りの人間は不思議がる。沙代子からしたら、私みたいな女は信じられないかもしれない。
しかし、磁石が引っ付くように、対極にいる私たちは引き合ったのかもしれない。

沙代子は、こんな私に得意の女子力で近づいてきた。そんな女子力、女の私に使わなくてもいいのに、だ。ちなみに、年齢は私の方が１個上だ。私がストレートで大学に入らなかったから。
うざい女だと思いながら、私は彼女の「引っ付き力」に負けていた。私が行く所、行く所に引っ付いてくる彼女を無碍に振り払おうとするのだが、しかし彼女はその可愛い顔で私に付いてくる。まぁ、女の私でも、沙代子の事を可愛い奴だと思うようになっていたのだから、そりゃ男なら好きになるだろう。なんというか、放っておけない感じなのだ。なんだか、瞳がウルウルしたバンビみたいな女だった。

「ランチぐらい1人で行きなよー」
「だって、嫌じゃん、あの女1人でご飯食べてるとか思われるの！」
「誰も見てないって、アンタの事なんか……」

そう思いながら、いや違うなと思った。沙代子は目立つ。みんなが沙代子の事を知っている。確かに、沙代子が1人でランチを食べていたら、私も心配するかもしれない……。私が1人で居ても違和感はないが、沙代子の場合は違う。

沙代子には、男が途切れる事がなかった。男を取っ替え引っ替えしている訳じゃない。ただ、彼女はモテるというだけだ。
学部内で一番イケメンだと言われていた男とも付き合っていたし、他の学部に彼氏が出来ることもあった。バイト先の社員の男性と付き合っていたかと思えば、留学生の外人と付き合っていたこともあった。

そして私は、彼女に男が出来るたびに、なぜか男の相談に乗らなければならない。特に、向日葵が咲く季節と、クリスマス前は面倒だ。
沙代子の誕生日に何をプレゼントしたらいい？
沙代子が最近好きなものは？
沙代子が行きたがっている場所は？
沙代子が好きなブランドは？
そんなもの、自分で聞けばいいと思い、「知らん」と沙代子の彼氏にメールを返す。

お互い社会人になってから、一度だけ沙代子が不倫をしているんじゃないかと噂が立った事があった。沙代子が就職した会社に、同級生の男子が同じく入社していた。

「そういえばさ、沙代子、ウチの会社の、東京の社員と不倫してるんじゃないかって噂が立ってんだよ」
久しぶりに会った男友達は、私にこう話してきた。

「はぁ？　沙代子が？」
「そうそう。ほら、沙代子美人だし、噂の相手もチョイ悪系のデキる男だし」
「で？」
「いや、俺ら同期が、研修で東京に行った時、沙代子とその男性が2人で消えて行ったのを見た子がいたんだよ」
「で？　ラブホにでも入ったのを見られたの？」
「いや、そこまでは見てないらしいけど……」

私は、呆れてしまった。本当に、人は噂話が好きだ。
まぁ、そのチョイ悪系の男が、沙代子を誘ったのは事実かもしれない。しかし、それだけの事だろう。たとえ、チョイ悪系の男がホテルに誘ったところで、沙代子は既婚者と関係を持つ女じゃない。バンビのような奴だけれども、誇り高い。
沙代子は、ファーストの女なんだ。彼女が、私のようにセカンドに成り下がる事は無い。

「んなもん、女のひがみでしょ。ほっとけ」

私は、なぜか沙代子を庇った。そして、沙代子の事を守れなかったこの同級生に腹が立った。
沙代子は、そんな女じゃないんだ。確かに、美人だし可愛いさもある彼女。男が途切れる事がない彼女。男を翻弄しているように見えてしまう彼女。しかし、彼女はそれが故に傷ついてきた女でもあったのだ。

2回だけ、沙代子が泣きながら電話をしてきた事がある。2回とも、私は夜中に沙代子を迎えに行った。
「私は、あいつの彼氏か……」と自分で突っ込みながらも、泣いている彼女を抱きしめに行った。そしてその度に、自分が女であることを悔しく思った。

女には、途方もなく広がっている穴がある。
女友達では埋められない穴がある。
男でしか埋めてもらえない穴がある。
いくら、女友達から慰めてもらっても、気晴らしにどこか景色が美しい場所に連れて行ってもらっても、女はやはり1人になると寂しくなる。
そして、また思うのだ。あのがっしりとした腕で、もう一度抱きしめられたいと。
私には、沙代子の寂しさは埋めてあげられない。

もちろん、沙代子が男に振られる事はない。一度もそんな姿は、見た事がない。
沙代子が泣くのは、男が沙代子に飽きてしまってからだ。そして、一時の気の迷いで、男が浮気をしてしまった時だ。
沙代子を欲する男は多い。男ならきっと、誰でもこんな美しい女と付き合ってみたいと思う。だから、必死で沙代子を振り向かせようとする。
最初は全く気のなかった沙代子も、付き合う内にその男の事を愛するようになる。意外かもしれないが、沙代子は純情な女だった。昭和な女だった。男の為に料理もするし、その男が求める「沙代子像」になろうとする。悲しい事に、「沙代子像」が男の中で確立されてしまっているのだ。
美しさが故に、沙代子は本来の自分でいられなくなってしまうのだ。

「あのひと、なんで私なんだろ……」

そう、沙代子は言っていた。

「私の、顔だったのかな……。私の顔が好きなだけだったのかな。あのひと、私の事なんか何も知らない」

そうして、シクシク泣いていた。
大きな目から涙が落ち、マスカラなんかしなくても、綺麗にカールしている彼女の長い睫毛が濡れていた。顎から滴る涙も拭かずに、彼女はただ無表情で涙を流していた。泣いても可愛い女だ。横顔が美しいと思った。

「ねぇ、彼氏いるの？」
ふと、沙代子が、濡れてしまった頬を拭きながら聞いてくる。

「んー、しばらくいないねぇ」
「でも、男はいるんでしょ？」
「あはっ、どーだろね」

私は、適当にはぐらかした。
私には、沙代子のように、自分を1番に愛してくれる男がしばらくいなかった。恋をしていない訳じゃ無い。ただ、相変わらずプラスαが居た事に、後から気付く。それでも、私は沙代子のように強くなかった。セカンドに成り下がってもいい。それでも私はその男に抱いて欲しかったのだ。

「一番に愛されたいって、思わない？」
「おぉ、確信を突きますねぇ……」
「私、愛されたかったの。よく分からないけど、でも愛されたかったの……」

ファーストの女と、セカンドの女。
1番目に愛される女と、２番目に愛される女。
1番目に愛されたかった女と、2番目でもいいと思っていた女。
結局、沙代子も私も、男から愛されていたいという点では、共通していた。そして男を失った時の、穴の深さも。

私は、車のダッシュボードにティッシュがあったのを思い出し、沙代子に渡した。

彼女が泣きながら電話をかけてきた翌日、２回とも彼女はその男たちを振った。そして私には、その男たちから慌てて連絡が来た。

「俺が悪かったんだ。でも俺やっぱり沙代子じゃないとダメなんだ。沙代子と、もう一度話したいけど、連絡がつかないんだよ」

そう、情けない声で私に電話をしてきた。
この男たちじゃダメだ。沙代子はやっぱり1番が似合う。沙代子を1番に愛せない男じゃ無いとダメだ。

「あぁ、そう。一応、沙代子に伝えとくわ」
電話口で男が、頼むよ……と呟く。

「私からも伝えて欲しいんだけど。浮気相手の女に。」
「はぁ？」
「こんな男くれてやるって、あの女に言っといて」

そう言って、私は電話を切った。
沙代子が、この男達の浮気に気づいたのは、浮気相手の女がワザと何かを残していったからだ。私は、この女達に腹が立っていた。私のセカンドとしてのプライドだ。この男の事を愛してるんなら、黙っていろと。

***

私は、ワイパーが残していく細い線にイライラしながらも、小倉まで車を走らせた。北九州都市高速を降りて、沙代子達が会う事になっているバーの近くにコインパーキングを見つけ駐車した。まだ20分ぐらい時間がある。運転中、何度も一緒に居てくれと沙代子に言われたが、最初だけ男を見て、車に戻ろうと思っていた。

「先、店入っとく？」
「うん、なんか緊張してきたよぉ」

私は、沙代子と待っている間、私の痛い恋愛話をした。
悪い男とばかり付き合ってきた私だか、笑いのネタにできる話もチラホラある。私の痛い話を聞いて、沙代子は結構笑ってくれた。

カウンターに座る私たちに、男が後ろから声をかけてきた。

私は一目見て、「別れたほうがいい」と思った。
沙代子を愛せる男じゃない。どちらかと言うと、私がはまってしまうタイプの男だと思った。チャラチャラしている訳じゃない。俗に言う、「悪そう」な男でもない。ただ、私の中のセンサーがチカチカ点滅した。

男がカウンターに座る時、財布を置いたのを見て確信した。

—沙代子、別れろ。沙代子の勘は間違ってない。
そう心の中で叫んだ。

軽く挨拶だけして、私は店を出た。
車に戻りエンジンをかける。冬の雨は辛い。福岡で雪が降ることは滅多にないが、九州と言っても日本海に面している福岡は風が冷たい。私は、沙代子がいつ出てきても分かるように、ワイパーを動かし続けた。相変わらず、目の前に扇型の線が残る。

５分ぐらいして、沙代子からメールが届いた。

—どう思う？

—別れろ

私は、そう返事をした。
あの男は、沙代子には似合わない。

30分ぐらいしてからだろうか。
沙代子が小走りで車に向かってくるのが見えた。以外と早く帰ってきた事に私は少し安心した。泣いていないだろうか……。
車に入ってきた彼女は、やはり瞳がウルウルしたバンビみたいだった。

「おかえり」
「うん、ただいまー」
もう、沙代子は泣き出しそうだった。沙代子が話したくなるまで、何も聞かないでおこうと思った。私は、駐車場の自動精算機にお金を落とし、サイドブレーキを下げ、アクセルを踏んだ。
途中、ダッシュボードからティッシュを取り出し、沙代子の膝に置いた。

「ごめん沙代子ー、ちょっとドンキホーテ寄ってもいい？　ワイパー替えたい」
私は北九州の都市高速に乗る前に、ワイパーを替えることにした。雨はだいぶ弱まっていたが、この目障りな線を消しておきたかった。

「沙代子ー、ごめん傘差しててくれる？」
「うん」
沙代子は、素直に私の為に傘をさしてくれた。

「すごいね、ワイパーって自分で変えられるんだね」
「そうそう。昔付き合ってた男が教えてくれた」
「悪い人？」
「あぁ、悪かったね！　でも、あいつのお陰で、今ワイパー替えられてるから、まぁいいや」

私はワイパーを替え、車に戻った。手が雨に濡れて冷たい。
私は暖房が出ている穴に手をかざし、かじかんだ手をほぐそうとする。

「ねぇねぇ、雨が降る時って神様が泣いてるって子供の頃言われなかった？」
突然、沙代子がそう聞いてきた。

「あんた、相変わらず女子だねぇ……」
「だってー、そうでも思わないと、もう泣きっ面に蜂じゃん！」

そう言ったかと思うと、彼女のまん丸の目から、涙がポロポロ落ちてきた。

「あぁ、分かった分かった！　ごめんごめん！　姫、ほらティッシュ！」
私は、そう言いながら沙代子の顔を両手で包み、親指で拭いた。

「そんな拭き方したら、メイクが崩れるー！　手が冷たいー！」
「わがままだなー。ほれ、ティッシュ」
「わがままじゃないもん！　今だけ泣きたいんだもん！　明日には忘れてやる！！」
「おっ！　いいね！　好きよ、そういうの」

私は、なんだか笑ってしまった。
別れさせてよかったと思った。

「なんで別れた方がいいと思ったの？」
「ん？　ほら、私の男センサーが反応したから」
「つまり？」
「悪い男ってことじゃない？」
「そっか！！」
「コラ、素直に納得するな」

沙代子が笑ってくれた。

財布の事は言わないでおこう。
昔付き合っていた男の財布の表面にも、あんな丸い型がついていた。避妊具をいつも財布に入れていたらしい。

ワイパーを動かすと、綺麗に視界が開けた。

「よし、視界良好！」
「神様の涙ー」
「んなもん、綺麗に拭い去ってやりゃいいんだって」

私は、駐車場を出て、都市高速に乗った。

「ねぇ、JUJU聞いてもいい？」
沙代子が聞いてくる。

「ダメ。JUJUは私のテーマソング。JUJUはセカンドの女向け。ほら、流行りに乗ってテイラー・スウィフトでも聞いたら？　We are never ever getting back togetherだっけ？」
「うん、そうだ！　あんな男とヨリなんか戻すもんか！」

そうして、彼女は運転する私の横で熱唱しながら、笑っていた。彼女にはやっぱり、日の当たる場所を歩いていて欲しいんだ。

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「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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